釧路地方裁判所 昭和53年(ワ)16号 判決 1980年3月21日
原告 三浦保一
原告 三浦ノリエ
右両名訴訟代理人弁護士 笠井真一
当事者参加人 小野寺清
右訴訟代理人弁護士 今重一
同 今瞭美
被告 富士火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 渡辺勇
右訴訟代理人弁護士 江口保夫
同 稲澤優
主文
一、原告ら及び当事者参加人の被告に対する請求並びに当事者参加人の原告三浦保一に対する請求をいずれも棄却する。
二、訴訟費用は、参加によって生じた費用を合わせてこれを七分し、その四を原告らの、その余を当事者参加人の各負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 原告ら訴訟代理人は「1、被告は原告三浦保一に対し金二六〇〇万円、原告三浦ノリエに対し六〇〇万円、及び右各金員に対する昭和五三年一月二八日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。2、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに第1項につき仮執行の宣言を求め、当事者参加人(以下単に参加人という。)の請求につき「参加人の請求を棄却する。」との判決を求めた。
二 参加人訴訟代理人は「1、訴外亡三浦保文と被告間の自家用自動車保険契約(契約番号AF二三二一六一)及び原告三浦保一と被告間の所得補償保険契約(契約証番号七二〇〇二八)に基づく原告三浦保一の被告に対する保険金債権のうち金二四九九万七四八〇円が参加人に属することを確認する。2、被告は参加人に対し、金二四九九万七四八〇円及び右金員に対する昭和五二年一一月八日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。3、参加による訴訟費用は、原告三浦保一及び被告の負担とする。」との判決並びに第2項につき仮執行の宣言を求めた。
三 被告訴訟代理人は、原告らの請求につき「1、原告らの請求を棄却する。2、訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、参加人の請求につき「1、参加人の請求を棄却する。2、訴訟費用は参加人の負担とする。」との判決を求めた。
第二当事者の事実主張
(原告ら)
一 請求原因
1 保険契約の締結
(一) 訴外亡三浦保文(以下、単に保文という。)は、被告との間で次のとおりの内容の自家用自動車保険契約(契約番号AF二三二一六一)を締結した。
保険期間 昭和五一年八月二〇日から同五二年八月二〇日まで
被保険自動車
普通乗用自動車・釧五五そ五八八四
死亡の場合の保険金額
自損事故保険金 一〇〇〇万円
搭乗者傷害保険金 二〇〇万円
(二) 原告三浦保一(以下、原告保一という。)は、被告との間で次のとおりの内容の所得補償保険契約(契約証番号七二〇〇二八)を締結した。
保険期間 昭和五二年五月三〇日から同五三年五月三〇日まで
被保険者 保文
保険金額 死亡の場合 二〇〇〇万円
2 保険事故の発生
保文は、昭和五二年七月三一日午前二時頃、前記被保険自動車を運転して厚岸郡浜中町琵琶瀬村一九番地先左カーブに差しかかった際、路外に逸脱して電柱に衝突し、その頃死亡した。
3 原告らの相続
原告保一は、保文の父、原告三浦ノリエ(以下、原告ノリエという。)は保文の母であるから、保文の死亡に伴って前記自家用自動車保険契約に基づいて保文が支払を受けるべき自損事故保険金一〇〇〇万円、搭乗者保険金二〇〇万円を二分の一宛相続した。
4 よって、被告に対し、原告保一は前記所得補償保険契約に基づく保険金二〇〇〇万円と前記自家用自動車保険契約に基づく保険金の相続分六〇〇万円の合計額二六〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年一月二八日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、原告ノリエは前記自家用自動車保険契約に基づく保険金の相続分六〇〇万円及びこれに対する前同日から同割合による遅延損害金の支払を求める。
二 抗弁に対する答弁
1 抗弁1は争う。
2 抗弁2は争う。
3 抗弁3のうち、本件所得補償保険の分割保険料の支払期日が毎月三〇日であることは認めるが、その余は争う。
なお、所得補償保険保険料分割払特約条項三条一項は、身体障害による就労不能に関する免責条項であり、同条二項は傷害に関する免責条項であって、死亡の場合については何ら規定されていない。
三 再抗弁
1 本件所得補償保険が約款上持参債務であったとしても、被告は専門の集金人を雇傭したうえで保険料を集金する旨原告保一に表明しており、原告保一と同地域の他の契約者に対しても集金(取立)を反覆継続しているのであるから、本件所得補償保険については、原告保一と被告間に取立債務とする旨の合意が成立していたものである。
2 原告保一は、本件事故発生後の昭和五二年八月二〇日と同年九月一〇日の二回にわたって本件所得補償保険の保険料を支払っており、被告はこれを受領している。
ところで、保険料支払の法的根拠は保険契約が有効に存続していることを前提としていることは明らかであり、特に傷害の場合と異って被保険者が死亡した場合は、保険契約者は保険料を支払って保険契約を存続(復活)せしめる利益はなく、さらに被保険者が死亡した場合において、既経過保険料を請求し、かつ受領しておきながら他方においてその遅滞、不払を理由に保険金支払の免責を主張する行為は保険者として相矛盾する行為であるから、被告が保文に関する保険料を受領したことは、それまでの間仮に保険料の遅滞があったとしても、保険料遅滞による免責を主張する権利を放棄して保険責任を負担することを法的に表明したものと評価するほかはない。
従って、被告の保険料遅滞による免責の主張は理由がない。
四 再々抗弁に対する答弁
争う。
五 参加人の請求原因に対する答弁
請求原因1、2はいずれも認める。
(参加人)
一 請求原因
1 債務名義の存在
参加人と原告保一との間には、参加人を債権者、原告保一を債務者とする次のような内容の釧路地方法務局所属公証人岡部博作成昭和四九年第二三五二号執行認諾付金銭消費貸借公正証書が作成されている。
債権額 一四〇四万円
支払期日 昭和四九年八月二八日
遅延損害金 一〇〇円につき日歩八銭二厘
2 債権差押並びに転付命令
釧路地方裁判所は前記公正証書の執行力ある正本に基づく参加人の申請により、昭和五二年一一月四日、前記貸付元金一四〇四万円の内金一一六四万二六三二円及び右貸付元金一四〇四万円に対する昭和四九年八月二九日から昭和五二年一〇月三一日までの間の日歩八銭二厘の割合による遅延損害金一三三五万四八四八円、合計二四九九万七四八〇円の弁済にあてるため、前記事故による被保険者保文の死亡(保険事故の発生)に伴って、原告らの請求原因1記載の自家用自動車保険契約及び所得補償保険契約に基づいて債務者である原告保一が第三債務者である被告から受領すべき合計二六〇〇万円の保険金債権(自家用自動車保険契約に基づく自損事故保険金一〇〇〇万円及び搭乗者傷害保険金二〇〇万円の相続分六〇〇万円と所得補償保険契約に基づく死亡保険金二〇〇〇万円の合計額)の内金二四九九万七四八〇円を差押え(同庁昭和五二年(ル)第一一九号)、同差押命令により差押えた二四九九万七四八〇円の債権を支払に代えて参加人に転付する旨の命令(同庁昭和五二年(ヲ)第一二三号)を発し、右命令は昭和五二年一一月七日被告に、同月一二日原告保一に送達された。
3 よって、参加人は、原告保一に対し原告保一の被告に対する前記保険金債権のうち二四九九万七四八〇円が参加人に属することの確認を求め、被告に対しては右金員の支払い及び転付命令送達の日の翌日である昭和五二年一一月八日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 抗弁に対する答弁
1 抗弁1は争う。
2 抗弁2は争う。
3 抗弁3のうち、本件所得補償保険の分割保険料の支払期日が毎月三〇日であることは認めるが、その余は争う。
三 再抗弁
1 原告保一と被告間の本件所得補償保険契約は、保険料を一二回の分割払とし、被告の集金人が原告保一方に集金に来ることを約束して締結したものであるから、約款の規定にかかわらず取立債務となっているものである。
2 仮に、原告保一に履行遅滞があったとしても、被告はその後原告保一が昭和五二年六月三〇日に支払うべき分割保険料につき同年七月二五日まで支払を猶予したものであるところ、被告は支払期日後一〇日間は免責を主張しない旨約款で明らかにしているから、被告は本件事故について免責を主張し得ないものである。
3 仮に、右主張のいずれにも理由がないとしても、次のような事情があるから、被告の免責の主張は保険契約上の信義則に反し、権利の濫用である。
(一) 被告は、本件所得補償保険契約締結の際、原告保一に対して被告の集金人が同原告方に集金に来ることを約束したのみで、保険金の支払方法については他に何の約束もしておらず、また集金人が置いて行った「保険料払い込みのお願い」と題する書面には「保険料のお払込みがとどこおりますと、万一保険事故が発生しましても保険金のお支払ができなくなるばかりか、……失効となることもございます……」と記載されているのみで、保険者が免責を受ける場合について明確に指摘していない。
(二) 被告の集金人は、原告保一に対しあらかじめ集金日を知らせていなかったし、事前に何の連絡もせずに同原告方を訪れ、不在を知った後も保険金の支払先を具体的に連絡するなどの行為は何もしていない。
(三) 被告は、本件所得補償保険金が支払われる場合のあることを示唆して、昭和五二年八月二〇日頃と同年九月一〇日頃の二回にわたって保文の分も含めて六万〇八五〇円の保険料全額を受領しており、右保険料は今日に至るも返還されていない。
四 再々抗弁に対する答弁
争う。
(被告)
一 原告らの請求原因に対する答弁
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、保文死亡の事実は認めるが、その余の事実は不知。
3 同3は不知。
二 参加人の請求原因に対する認否
1 請求原因1は不知。
2 同2のうち、参加人主張のような債権差押及び転付命令があり、参加人主張の日に右命令が被告に送達されたこと、保文と被告間及び原告保一と被告間に参加人主張のような自家用自動車保険契約及び所得補償保険契約が存在すること、及び保文が死亡したことは認めるが、その余は不知。
三 抗弁
1 自家用自動車保険約款二章三条及び四章二条による免責
自家用自動車保険約款二章三条及び四章二条には、被保険者が酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに、その本人について生じた傷害については、保険金を支払わない旨規定されているところ、保文は、事故前日の午後九時半頃から一一時半頃にかけて厚岸郡浜中町霧多布市街のスナック「セブン」において、ウイスキーの水割四杯を飲み(事故後の血中アルコール濃度〇・一二九パーセント)、酒酔のために正常な運転ができないおそれのある状態で被保険自動車を運転し、右運転中に本件事故を起して死亡したものであるから、被告は右各条項により自損事故保険金及び搭乗者傷害保険金の支払義務を免責されるものである。
2 所得補償保険約款四章一〇条による免責
所得補償保険約款四章一〇条には、直接であると間接であるとを問わず、保険契約者または被保険者の故意または重大な過失に起因する身体障害による就業不能については、保険金を支払わない旨規定されているところ、保文は酒に酔って正常な運転ができないおそれのある状態で、しかも、本件事故現場附近はカーブが多く、制限時速は四〇キロメートルと定められており、かつ、夜間で濃霧のために視界が約二〇メートルに制限されていたにもかかわらず、時速一〇〇キロメートル以上の速度で前記自動車を運転し、事故現場附近の道路事情を熟知しているのに左カーブを確認して減速することもなく、そのまま路外に直進して横転のうえ四、五回転回し、停止地点まで約八〇メートル暴走し電柱を折り倒して停止するという常軌を逸した運転方法で本件事故を惹起せしめたものであるから、本件事故は被保険者である保文の重大な過失によって惹起せしめられたものというべく、従って、被告は前記約款の条項による保険金支払義務を免責されるものである。
3 所得補償保険約款保険料分割払特約条項二条二項及び三条一項による免責
所得補償保険約款保険料分割払特約条項二条二項には、第二回以後の分割保険料については、保険証券記載の分割保険料払込期日後一〇日以内に払込まなければならない旨規定し、同条項三条一項には、保険契約者が前条の規定に従って分割保険料を払込まないときは、当該分割保険料領収前に被った身体障害による就業不能については保険金を支払わない旨規定しているところ、本件所得補償保険契約は一二回の分割払契約で、保険料払込期日は毎月三〇日と定められていたのに、原告保一は第二回保険料分割支払期日たる昭和五二年六月三〇日及び第三回保険料分割支払期日たる同年七月三〇日にそれぞれ保険料の分割支払をしておらず、本件事故は右遅滞中に発生したものであるから、被告は前記特約条項により保険金の支払義務を免責されるものである。
四 再抗弁に対する答弁
1 原告ら及び参加人主張の再抗弁1のうち、被告の集金人が原告保一方に集金に行ったことは認めるが、本件所得補償保険の分割保険料が取立債務であるとの主張は争う。
2 原告ら主張の再抗弁2は争う。
3 参加人主張の再抗弁2は争う。
保険契約は国の認可を得た保険約款に基づく附合契約であって一集金人が約款を変更する権限のないことは明らかであり、集金人が七月二五日に支払うことを承諾したからといって、被告が支払期日を猶予したことになるものではない。
4 参加人主張の再抗弁3は争う。
参加人は、集金人が具体的に連絡するなどの行為は何もしていない旨主張するが、被告の集金人は三回にわたって原告保一方を訪れ、そのうち七月二三日には原告保一に面会して支払の催告をしているのである。また参加人主張の「……なることもございます。」との文言は失効についてのものであることは文言自体から明らかであり、さらに、本件所得補償保険契約は一二名の一括契約であったため一二名分の保険料を一括受領したものである。
五 再々抗弁
仮に、本件所得補償保険の分割保険料が取立債務であったとしても、原告保一が昭和五二年六月三〇日に支払うべき分割保険料につき、被告の集金人訴外小野勝博が同年七月二日と同月一四日の二回同原告方を訪門したが、いずれも留守であったので不在カードを置いて帰り、さらに同月二三日にも訪門し原告保一に会って支払の催告をしたところ、同原告から同月二五日に被告の外務社員訴外栗本孝道に預けておくので同人から受取ってもらいたい旨の申出を受けた。しかるに原告はその日になっても右栗本に保険料を預けなかったものである。従って、取立債務であったとしても多数の契約を処理する被告の立場からすると、債権者として前記のような取立行為をなせば十分というべきであり、原告保一は被告の右取立に協力しなかったのであるから、履行遅滞にあったというべきである。
第三証拠《省略》
理由
一 保険契約の締結
保文が被告との間で保険期間、昭和五一年八月二〇日から同五二年八月二〇日まで、被保険自動車を普通乗用自動車釧五五そ五八八四、死亡の場合の自損事故保険金を一〇〇〇万円、搭乗者傷害保険金を二〇〇万円とする自家用自動車保険契約を締結したこと、及び原告保一が被告との間で保険期間を昭和五二年五月三〇日から同五三年五月三〇日まで、被保険者を保文、死亡の場合の保険金額を二〇〇〇万円とする所得補償保険契約を締結したことは当事者間に争いがない。
二 保険事故の発生
《証拠省略》によると、保文は昭和五二年七月三一日午前二時頃、前記被保険自動車を運転し道道霧多布、厚岸線を霧多布方面から厚岸方面に向って進行中、厚岸郡浜中町琵琶瀬村一九番地先において、路外に逸脱して暴走し凹地や電話柱などに激突する事故を起し、右事故により死亡したこと(右死亡の事実は当事者間に争いがない。)が認められる。
三 自家用自動車保険に対する酒酔い運転による免責の主張について
《証拠省略》によると、保文と被告間の前記自家用自動車保険契約の内容となっている被告の自家用自動車保険約款第二章自損事故条項三条一項には、被保険者が酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに、その本人について生じた傷害については保険金(同章一条には、保険金とは死亡保険金、後遺症保険金及び医療保険金をいう旨規定されている。)を支払わない旨規定し、同約款第四章搭乗者傷害条項一条及び二条一項にも右同様の定めがなされていることが認められる。
そこで、以下本件事故が右免責条項の場合に該当するかどうかについて判断する。
《証拠省略》を総合すると、保文は昭和五二年七月三〇日午後九時三〇分頃から同一一時三〇分頃までの間に厚岸郡浜中町霧多布所在のスナック「セブン」においてウイスキーの水割三、四杯程度を飲酒した後(その後二時間余りの保文の行動は定かではない。)、翌七月三一日午前二時頃、前記のとおり被保険自動車(ニッサンスカイライン)を運転して道道厚岸、霧多布線を霧多布方面から厚岸方面に向って進行中、前記スナックのある霧多布市街から約三キロメートル程離れた前記事故現場で前記保険事故(以下、本件事故という。)を起したものであること、本件事故現場は片側一車線、巾員七・二メートルのアスファルト舗装道路で、霧多布方面から厚岸方面に向ってゆるやかな左カーブ(曲率半経約二〇〇メートル)となっており、路面は周囲の原野よりも高くカーブの外側で約四メートルの法面(高低差約三メートル)となっていること、右道路の車輛の最高速度は厚岸方面に向う場合は毎時四〇キロメートル、霧多布方面に向う場合は毎時五〇キロメートルに規制されていること、保文は、事故当時、現場附近は濃霧が発生して見とおしが悪かったにもかかわらず(現場附近に居住し、警察の実況見分に立合った訴外佐々木喜一は、交通事故とわかって家から外に出たら霧が濃く、視界は二〇メートル位であった旨警察官に述べている。)、時速一〇〇キロメートル前後の高速度で本件事故現場に差しかかり、前記カーブを発見して狼狽し急ブレーキをかけたため、自車の制禦が不能になってそのまま直進し、道路右側部分に右側路肩に向って左側一九・七メートル、右側九・二五メートルのスリップ痕を残して路外に逸脱し、やや左に方向を転じながら前記法面を暴走して道路下の凹地に激突したうえ、一面に生えた五、六〇センチメートルの草をなぎ倒しながら約二八メートル進行して再び小高くなった地面に激突し、さらに約一三メートル進行した地点で電話柱に衝突し、この電話柱を折倒して停止し、その間横転、転回をしながら前記スリップ痕の起点からだけでも八〇メートル余りを暴走していること、右事故により、保文は即死し、被保険自動車は、右前輪が破損して車体から脱落しわずかにパイブなどで車体につながっているのみであり、左右フェンダーは前から押されてつぶれてボンネットも変形し、屋根は後方に押されて変形しフロントピラーも後方に傾いており、後部バンパーとトランクは上向きに変形し、シャーシーも曲っているという状態に大破していること、及び事故後、保文の遺体から採取した血液のアルコール濃度を北海道警察釧路方面本部鑑識課で検査したところ、血液一ミリリットル中に一・三六ミリグラム(〇・一二九パーセント)のアルコールを含有していたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、前記約款が単なる酒気帯び運転を免責事由とせず、酒に酔って正常な運転ができないおそれのある状態をもって免責事由と定めていることからすると、右状態とはアルコールの影響によって正常な運転の能力に支障を及ぼす抽象的な可能性一般を指称するものではなく、その可能性は具体的に相当程度の蓋然性のある場合でなければならないと解すべきである。そして、そのような状態にあるかどうかは、その者の当時の言動、様相などの外部的徴候の観察及びその者の飲酒量、飲酒後の経過時間などの内部的状況(身体のアルコール保有量)の両面から推測すべきものであるが、《証拠省略》によれば、アルコールの血中濃度とそのアルコールの影響による酩酊度との関係は、平素の酒量、体質などによって個人差が認められるけれども一応の相関関係があって、一般的には、アルコール血中濃度が〇・〇五パーセントに満たないときはほとんど無症状であり、〇・〇五パーセント以上〇・一五パーセント未満のときは歩行能力に支障はないものの、顔面などが紅潮し、抑制がとれて陽気、多弁となり、運動過多で落ち着きがなくなり、本人はむしろ能力が増しているという感じをもっているが、厳密なテストを行ってみると血中濃度が〇・〇五パーセントのときでも反応時間は二倍になり、さらにそれが〇・一〇パーセントになると四倍にもなるなど運動失調や作業能力の減退が認められるようになること、そして、〇・一五パーセントを超えると運動失調を来たして歩行が困難になり、感覚は鈍麻して注意散漫になり判断力も鈍ることが認められるので、アルコールの自動車運転能力に及ぼす影響については、〇・〇五パーセント未満では運転能力への影響はほとんど考えられないが、〇・一五パーセントを超えるときはほとんど確実に正常な運転能力を欠く状態にあるものと考えるべきであり、〇・一五パーセント未満でも〇・一パーセント以上に達すれば個人差もあって一概には断定できないが、正常な運転能力に支障を及ぼしている蓋然性はかなり高いと考えるのが相当である。そうだとすると、保文は血中濃度〇・一二九パーセントのアルコールを体内に保有していたのであるから、身体の内部的状況からするとアルコールの影響により正常な運転能力に支障を及ぼしている蓋然性はかなり高かったということができるところ、それ自体から酒に酔ったことを窺わせるような外部的徴候の存在を認め得る証拠は存しないが、保文はアルコールの影響により抑制がとれていたからこそ濃務のために見とおし距離が大巾に制限されている中で時速一〇〇キロメートル前後という無謀な高速運転をしたものと考えるのが自然であり、さらに《証拠省略》によると、保文は同じ琵琶瀬地区内に居住し、本件事故現場附近の道路事情はよく知っていたものと窺われるのに、時速一〇〇キロメートルの高速でも通過はさほど困難でない曲率半経二〇〇メートルのゆるやかなカーブ(この事実は《証拠省略》によって認める。)で狼狽し、急ブレーキをかけて自車の制禦を不能ならしめて路外に転落させ、横転、転回をしながら八〇メートル以上も暴走させたという前示事故の態様もまたアルコールの影響を窺わせるものがあり、結局本件事故は保文が酒に酔って正常な運転ができないおそれのある状態で被保険自動車を運転しているときに惹起させたものといわざるを得ない。
従って、本件事故は前記免責条項に該当する場合であるので、その余の点について判断するまでもなく、被告は原告ら及び参加人のいずれに対しても自損事故保険金及び搭乗者傷害保険金を支払う義務はない。
四 所得補償保険に対する重過失による免責の主張について
《証拠省略》によると、原告保一と被告間の前記所得補償保険契約の内容となっている被告の所得補償保険普通約款四章一〇条には、直接であると間接であるとを問わず、保険契約者または被保険者の故意または重大な過失に起因する身体障害による就業不能については保険金を支払わない旨規定し、同保険の傷害による死亡、後遺障害担保特約条項一条には、被保険者が所得補償保険普通保険約款二条一号の傷害を被りその直接の結果として傷害の原因となった事故発生の日から一八〇日以内に死亡したとき、または後遺障害が生じたときは、この条項に従って保険金(死亡保険金および後遺障害保険金)を支払う旨、第一二条には、所得補償保険普通保険約款一〇条に「身体障害による就業不能」とあるのはこの特約においては「傷害」と読み替えて適用する旨それぞれ規定し、保険契約者または被保険者の故意または重大な過失に起因する傷害によって死亡した場合については死亡保険金を支払わない旨定めていることが認められる。
そこで、被保険者である保文に本件事故の発生につき重大な過失があったかどうかについて検討するに、前記三において認定した事実によれば、保文は酒酔い運転のうえ、夜間濃務のために視界が著しく制限されている中を、制限速度の約二倍半にも当る時速一〇〇キロメートル前後の高速運転をした結果、曲率半経約二〇〇メートルの極くゆるやかなカーブで路外に転落し、衝突、横転、転回をくり返しながら約八〇メートル暴走し、その衝撃で即死したものであり、時速一〇〇キロメートルで走行中の自動車の急制動による制動距離(空走距離を含む)は一般に乾燥したアスファルト舗装道路で約七五メートル、湿潤したアスファルト舗装道路では約一二〇メートルであるとされていることから考えると、右保文の運転行為は酒に酔ったうえでの高速運転であるのみならず、盲運転とも評し得る極めて危険な無謀運転であって、保文には、本件事故発生につき、従ってそれに伴う同人の傷害及び傷害の結果としての死亡について重大な過失があったものと断ぜざるを得ない。
そうすると、保文の本件事故死は前記認定の免責条項に該当する場合であるから、その余の点について判断するまでもなく、被告は原告保一及び参加人のいずれに対しても死亡保険金を支払う義務はない。
五 参加人の原告保一に対する請求について
参加人の原告保一に対する請求は、原告保一が被告に対して保険金請求権を有していたことを前提とするものであるところ、これが認められないことは前記説示のとおりであるから、右請求も理由がない。
六 結論
以上の次第で、原告ら及び参加人の被告に対する請求並びに参加人の原告保一に対する請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条、九四条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 笠井昇)